医療・ヘルスケアに資本が向かう3つの理由


成長戦略、診療報酬改定、医療DXの工程表。3つの政府資料を並べると、医療・ヘルスケアに資本が集まる理由と、その順番が見えてきます。
結論:「安全保障」「賃上げと省力化」「予防」の3つが同時に動いている
先に結論を述べます。医療・ヘルスケアに資本が向かう理由は、一つではありません。国が医薬品や医療機器を安全保障の対象として成長戦略に組み込んだこと、診療報酬が賃上げと物価に合わせて大きく引き上げられたこと、医療DXと予防の分野で医療機関の外に新しい市場が育っていること。この3つが同じ時期に重なっています。理由が複数あるほど、資本の流れは一時的な話題で終わりにくくなります。
理由1:成長戦略が医療を「健康医療安全保障」に位置づけた
2026年7月21日に決定された「日本成長戦略」は、17の戦略分野の一つに「創薬・先端医療」を置きました。本文では、医薬品産業を「成長・基幹産業」と位置づけ、官民が一体となって取り組む方針が示されています。
数字も具体的です。世界の医薬品市場は2022年に約200兆円の規模で、新しい作用の医薬品などを含む特許品の世界市場は年平均9.6%で拡大しているとされています。医療機器は世界市場が約80兆円、成長率6%超の有望市場である一方、日本は0.7兆円の輸入超過です。これに対し、日本の医療機器メーカーの世界での獲得市場規模を2040年に28兆円とする目標が置かれました。バイオ医薬品・再生医療等製品等では、2040年に日本企業の売上げで世界シェア10%、33.4兆円を目指すとしています。
目標の年と金額が書かれている分野では、研究開発、製造拠点、人材への投資が前倒しで進みやすくなります(予想)。
理由2:診療報酬が賃上げと物価に合わせて動いた
もう一つの大きな変化は、医療機関の収入の基盤である診療報酬です。厚生労働省の公表資料によれば、令和8年度診療報酬改定の本体の改定率は+3.09%(令和8年度と9年度の2年度平均。令和8年度+2.41%、令和9年度+3.77%)で、2026年6月に施行されました。
内訳を見ると、賃上げ分が+1.70%、物価対応分が+0.76%です。令和8年度と9年度のそれぞれで+3.2%分のベースアップを支援する措置が講じられ、看護補助者と事務職員はそれぞれ5.7%とされました。一方、薬価は▲0.86%です。
この改定は、医療機関に入るお金の多くが、人件費と物価への対応に向かうことを意味します。成長戦略でも、医療分野の省力化や、介護分野でのAIを含むテクノロジーの複数年度にわたる導入支援が掲げられています。人を確保しながら業務の負担を減らすための仕組みや道具に、予算が向かいやすい環境です(予想)。
理由3:医療DXと予防が、医療機関の外に市場をつくる
政府の「医療DXの推進に関する工程表」(2023年6月、医療DX推進本部決定)は、遅くとも2030年に、概ねすべての医療機関で患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指すとしています。2026年度には、診療報酬の計算に使う共通算定モジュールを本格的に提供する計画です。医療機関のシステムは、この期限に向けて更新の時期を迎えます。
医療機関の外でも市場が広がっています。経済産業省の資料では、公的保険の外にあるヘルスケア産業の市場規模を、2020年の約25兆円から2030年に約39兆円、2050年に約77兆円と推計しています(推計であり、実績ではありません)。成長戦略は「攻めの予防医療」を掲げ、企業・保険者による健康投資額を2025年の約1兆円から2040年までに約2倍に拡大する目標を示しました。
資本が向かう順番(予想)
3つの理由は、届く時期が異なります。
足元:診療報酬改定による賃上げと物価への対応。人材の確保、採用、業務の省力化に予算が向かいます。
数年以内:2030年の電子カルテ導入の目標に向けたシステムの更新と、データの共有に関わる投資。
中長期:創薬・医療機器の研究開発と、予防・健康づくりのサービス。市場は大きく、成果が数字に表れるまでには時間がかかります。
事業会社が今確かめておくこと
医療・ヘルスケアに直接属していない企業にも、この流れは関わります。人材、システム、データ、情報発信といった周辺の領域で、医療機関や関連企業の予算が動くためです。
自社の顧客や取引先が、3つの理由のどれに関わっているか。
その予算が、足元・数年以内・中長期のどの時期に動くか。
提案の成果を、採用や業務時間、利用者の数といった指標で示せるか。
資本の流れは、複数の段階を経て伝わります。政府資料に書かれた年と金額を手がかりにすると、自社が動くべき時期を先に決めることができます。
まとめ
成長戦略は「創薬・先端医療」を17分野の一つとし、医療機器の獲得市場規模を2040年に28兆円とするなど、年と金額を明示した目標を置いた。
令和8年度診療報酬改定は本体+3.09%(2年度平均)。賃上げと物価への対応が中心で、人材確保と省力化に予算が向かいやすい(予想)。
医療DXの工程表(2030年の電子カルテ導入目標)と予防・ヘルスケア市場の拡大が、医療機関の外にも資本の流れをつくっている。
出典
内閣官房「日本成長戦略」(2026年7月21日)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/pdf/jgs2026.pdf (創薬・先端医療の位置づけ・医薬品市場約200兆円・特許品年平均9.6%・医療機器世界市場約80兆円と輸入超過0.7兆円・2040年28兆円・バイオ医薬品33.4兆円・健康投資額の目標・医療と介護の省力化)
厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」(2025年12月24日掲載)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67942.html /別添「診療報酬改定について」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001620952.pdf (本体+3.09%・年度別の率・賃上げ分と物価対応分・ベースアップ3.2%と5.7%・薬価▲0.86%・6月施行)
厚生労働省 医政局「医療DXの推進に関する工程表について(報告)」(第100回社会保障審議会医療部会 資料2、2023年7月7日。工程表は2023年6月2日 第2回医療DX推進本部決定)https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001234597.pdf (2030年の電子カルテ導入目標・2026年度の共通算定モジュール本格提供)
経済産業省 ヘルスケア産業課「経済産業省における高齢社会に対する取組について」(2024年5月、内閣府 高齢社会対策大綱の策定のための検討会 資料7-2)https://www8.cao.go.jp/kourei/taikou-kentoukai/k_5/pdf/s7-2.pdf (ヘルスケア産業市場規模推計:2つの区分の合計で2020年約25兆円・2030年約39兆円・2050年約77兆円。資料上の出所は日本総合研究所作成)

